「刀鍛冶さんは年間何振りぐらい刀を作るのですか」
上記の言葉は、私が日本刀を作っていると伝えた際に相手から発せられる質問で最上位に位置する質問です。この年間製作口数、しっかりと銃刀法という法律で決まっているのです。
しかしなぜ本数が決められているのか?少し紐解いていきたいと思います。
第2次世界大戦終戦後、ポツダム宣言の受諾によって出された勅令300号「武器等製造禁止令」により刀を作ることが法律で禁止されました。
また連合国軍総司令部により「民間武器回収命令」において作刀だけではなく古い刀まで没収されるという事態であり日本刀を武器とみなし一切排除する方向に向かいました。
私の師匠月山貞一の著書「日本刀に生きる」にもその当時の苦労が記されております。
しかし、日本刀は武器というだけではなく、美という観点からも日本人に根付き、日本の文化そのものであるということを刀を守りたいという有識者の働きかけもあり、昭和二十八年「武器製造法」が制定施行されました。 それにより文化庁(旧文化財保護委員会)の承認を得れば刀が製作できるようになりました。
その為、日本刀は武器ではなく日本の文化、日本の美として製作が許可されたということであり、しっかり美に則したものを製作するには、それなりの日数が掛かるであろうということであり、「太刀、刀、脇指の場合は十五日以上」「短刀の場合は十日以上」要しなさいということになりました。年間口数に直すと最大二十四口〜三十六口の製作本数になります。
それと少し余談となりますが、刀匠になる為には文化庁主催「美術刀剣刀匠技術保存研修会」を受講し修了しなければなりません。一定の師匠の元、最低満四年の修業を経過したものが受講でき、修了できれば満五年で刀匠としての製作申請が降りるということになっております。
美術品を作るの最低限の技術を要しているかを見るのが研修会の目的であり、世の中に美を伴わない粗悪品が出回らないためする方策に一つでもあります。
日本刀を製作するにあたってまずしなければならないことが「美術刀剣製作承認申請書」の発行です。種別(太刀、刀、脇指、短刀)と製作期間を明記して地元の都道府県の教育委員会に三通提出、承認を得て、三通のうち一通を製作途中の日本刀に付属させます。即ちこの「美術刀剣製作承認申請書」が日本刀製作過程においての「銃砲刀剣類登録証」の代わりとなるわけです。
この「美術刀剣製作承認申請書」内にある製作期間が太刀、刀、脇指の場合が十五日以上、短刀の場合は十日以上製作日数を取らなければ許可が下りないということになっていますので、おのずと製作本数にリミットが出てきます。
そして日本刀が完成した際は「美術刀剣製作承認申請書」と「美術刀剣製作完了報告書」を添え銃砲刀剣登録審査において登録審査委員二名以上の審査において美術品に則した日本刀であるということを認めて頂きことで「銃砲刀剣類登録証」が発行され世の中に陽の目を見ることになります。
最後に終戦後「武器等製造禁止令」において日本刀が作れなくなった刀鍛冶の落胆と苦悩は平和な時代に生まれた私にとって想像し難いものであります。今こうして制約がありながらも自由に日本刀が製作できること、先人の方々の多大なる努力に感謝しなければなりなせん。
posted by 近江國貞豊 at 19:13|
日記
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