何年かぶりに風邪をひいて
熱が38・2度あります。
頭も身体もぼーっとしています。
それでもやらなくてはならないことがあって
仕事着に着替えると
不思議と心身が引き締まり
いままでの不調など忘れてしまいましたが、
用事が済んで、仕事着を脱ぎ捨てると
さっきより一段と具合が悪く
なってしまいました。
今日、明日は休みます。
お見舞いはバラの花束でも・・・。
2007年10月31日
2007年10月27日
2007年10月25日
2007年10月19日
2007年10月18日
2007年10月15日
2007年10月14日
長船へ
続・岡山の夜、長船の朝
旧友に会いたくなって、岡山県・長船町へ。
赤穂線・長船駅まで彼が迎えに来てくれたので
景色を眺めながら家に向かう。

夕暮れの長船は、貫禄ある日本家屋と田園。
遠くの刈り入れの終わった田から煙が
たなびいているのが見え、ところどころに
杜や里山があるといった、日本の風景だ。
が、なんともいえない潤いと豊かさを感じる。

どこにでもありそうな景色である
にもかかわらず、そこから感じられる
豊かさとは何だろうか?
経済的な豊かさとは違う。
それは多分、そこに暮らす人々の
精神の豊かさなのだろう。
杜も里山も田園もそこに暮らす人たちに
「造られた」人工物であるだけに、その景色
のなかに精神性が反映されてしまう。
学生のころから各地をうろうろしていると
やはり、貧相な景色、カサついた景色という
のにも出くわす。
おそろしいものだ。
そんなことを考えながら彼の家に着いた。
そして・・・。
旧友に会いたくなって、岡山県・長船町へ。
赤穂線・長船駅まで彼が迎えに来てくれたので
景色を眺めながら家に向かう。
夕暮れの長船は、貫禄ある日本家屋と田園。
遠くの刈り入れの終わった田から煙が
たなびいているのが見え、ところどころに
杜や里山があるといった、日本の風景だ。
が、なんともいえない潤いと豊かさを感じる。
どこにでもありそうな景色である
にもかかわらず、そこから感じられる
豊かさとは何だろうか?
経済的な豊かさとは違う。
それは多分、そこに暮らす人々の
精神の豊かさなのだろう。
杜も里山も田園もそこに暮らす人たちに
「造られた」人工物であるだけに、その景色
のなかに精神性が反映されてしまう。
学生のころから各地をうろうろしていると
やはり、貧相な景色、カサついた景色という
のにも出くわす。
おそろしいものだ。
そんなことを考えながら彼の家に着いた。
そして・・・。
2007年10月12日
それって仕事してるって言わないんじゃない
とりあえず北埼玉に帰ってきたわけだが・・・
やっているはずですから・・・
(おまえ確認したのかよ?)
今までそういうことはなかったので
大丈夫だと思います。
(次はそういうことがあるかもしれないって
危機感をお前は持たないのか?)
今までやったことがないですから・・・
(じゃあ今からやればいいじゃん)
どこでの会話かは言わないでいてやるよ。
田舎で生活しているとイラッとすることが多くてね。
人間、田舎に生まれるのは仕方がないさ、
産まれる場所は選べないんだから。
でもね、人間の性根がイナカッペエてのは
救いようがないんじゃない。
やっているはずですから・・・
(おまえ確認したのかよ?)
今までそういうことはなかったので
大丈夫だと思います。
(次はそういうことがあるかもしれないって
危機感をお前は持たないのか?)
今までやったことがないですから・・・
(じゃあ今からやればいいじゃん)
どこでの会話かは言わないでいてやるよ。
田舎で生活しているとイラッとすることが多くてね。
人間、田舎に生まれるのは仕方がないさ、
産まれる場所は選べないんだから。
でもね、人間の性根がイナカッペエてのは
救いようがないんじゃない。
2007年10月11日
閑話休題
佐伯から大分駅に移動する。
電車のなかで、学生やサラリーマンの会話が
当然のことながら大分弁なのだが、
まったく理解できない。
なにをしゃべっているのか、暗号のようなのだ。
大分駅でいとこが待っていて飲みに行く。
10年前、92歳で祖母がなくなり、その屋敷が
取り壊されてしまっていらい、親戚たちもあまり
集まらなくなった。
久しぶりすぎだ。
もう50歳を過ぎた従兄弟がいるし、私が上京するころ
高校生だったのが、30代半ばなのだから驚く。
どんなにお酒が入っても私の口からは大分弁は欠片も
でてこない。頭の片隅にも残っていないらしい。
まあ、仕方がないか。20年以上離れていたんだし。
電車のなかで、学生やサラリーマンの会話が
当然のことながら大分弁なのだが、
まったく理解できない。
なにをしゃべっているのか、暗号のようなのだ。
大分駅でいとこが待っていて飲みに行く。
10年前、92歳で祖母がなくなり、その屋敷が
取り壊されてしまっていらい、親戚たちもあまり
集まらなくなった。
久しぶりすぎだ。
もう50歳を過ぎた従兄弟がいるし、私が上京するころ
高校生だったのが、30代半ばなのだから驚く。
どんなにお酒が入っても私の口からは大分弁は欠片も
でてこない。頭の片隅にも残っていないらしい。
まあ、仕方がないか。20年以上離れていたんだし。
2007年10月09日
大分県佐伯市へ
私は、三歳まで佐伯市で過ごした。
当時は造船業が盛んで、小さな町だが栄えていた。
豊後水道で獲れる魚が豊富で、
旧毛利家の鶴屋城下はいまでも当時の町並みが
残っている。
数年前、大分の新聞で大きく扱っていただいたことがあり
そのお客様は、「いつか晶平に刀を注文したい」と、気持ち
を暖めていたとのこと。
ようやく完成し、このたびの納品となった。
刀を納めた帰り道、お客様が車で私の記憶に残っている
場所を案内してくださった。

鶴屋城 櫓門
城山でよく遊んで蟹をバケツ一杯捕ったり、山の上から
紙飛行機を飛ばしたりした。


毛利家菩提寺 養賢寺
このあたりは散歩コースだった。
当時は消防署の隣に市役所があり、
市役所の外壁には鬼の面が掛かっていて、
目玉がひとつ落ちていた。
お客様のおかげでとても懐かしい記憶が
よみがえった。
ありがとうございました。
次は、あなたの街にお伺いします。
当時は造船業が盛んで、小さな町だが栄えていた。
豊後水道で獲れる魚が豊富で、
旧毛利家の鶴屋城下はいまでも当時の町並みが
残っている。
数年前、大分の新聞で大きく扱っていただいたことがあり
そのお客様は、「いつか晶平に刀を注文したい」と、気持ち
を暖めていたとのこと。
ようやく完成し、このたびの納品となった。
刀を納めた帰り道、お客様が車で私の記憶に残っている
場所を案内してくださった。
鶴屋城 櫓門
城山でよく遊んで蟹をバケツ一杯捕ったり、山の上から
紙飛行機を飛ばしたりした。
毛利家菩提寺 養賢寺
このあたりは散歩コースだった。
当時は消防署の隣に市役所があり、
市役所の外壁には鬼の面が掛かっていて、
目玉がひとつ落ちていた。
お客様のおかげでとても懐かしい記憶が
よみがえった。
ありがとうございました。
次は、あなたの街にお伺いします。

