謹んで新年のご挨拶を申し上げます。
本年も健やかで良い年になりますよう、皆様のご健勝とご多幸を心からお祈りいたします。
昨年、全日本刀匠会は設立40周年。お守り刀展覧会は10回目という節目の年でありました。
多くの皆様、団体の有形無形のご支援ご協力をいただき、現代刀鑑賞・晩餐会「刀KATANA千年の伝統と未来への挑戦」、第10回お守り刀展覧会、さらに関連した取り組みに挑戦。感動と勇気をいただいて盛会にて無事終了することができ、感謝いたしております。
本年も、皆様に現代刀のさまざまな魅力を共感していただけるよう、全日本刀匠会会員一同、作品の制作、そして展示・交流に取り組んでまいりたいと思いますので、より一層のご支援、ご厚情を賜りますようよろしくお願いいたします。
2015年01月05日
2014年12月25日
第九回お守り刀展覧会無事終了
12月23日まで大阪歴史博物館に於いておこなわれておりました第九回お守り刀展覧会が終了し、昨日撤収作業に行って参りました。撤収に於いても事故もなく無事終了致しまして関係者各位安堵の気持ちであることと思います。
特別展の入場者数も期間中2万人強と当初目標としてました入場者数をクリアーしたそうで、特に期間終わりに近づくにつれて入ってくる人も増えていき、最終日には売店に於いて会計に列ができるぐらいに賑わっておりました。またいつの日か近畿でお守り刀展覧会が開催されることを願いつつ今は無事に終了したことに感謝いたします。
お守り刀展覧会撤収後、大阪歴史博物館の近くに帝室技芸員の初代月山貞一の住まい後の石碑があるということで貞利師匠につれて行って頂きました。私も写真ではその石碑を見たことがあったのですが実際見るのは初めてで、まさにビルの谷間というところに石碑が建っておりました。初代月山貞一はここからどの様な景色を見て、どの様な思いで作刀していたか、この石碑を見ながらいろいろと思いをはせながら、ここがなければ私も刀鍛冶として今になかったことでしょう。
今年も一年が終わろうとしております。皆様の支えにより、なんとか刀鍛冶として生かして頂きました。感謝の一言に尽きます。皆様におきましても良いお年をお迎え頂ければ幸いです。
2014年11月06日
2014年11月05日
「近畿の現代刀匠展」準備
明日から始まる「近畿の現代刀匠展」の準備を致しました。
午前10時からの作業開始から昼食をはさみ午後3時にはすべて刀をならび終えました。
刀匠自身が余技で作った小物や書籍も充実しております。もちろん販売致します。
「近畿の現代刀匠展」開催中は近畿地方支部会員の刀匠も常駐しています。刀に関する質問であれば大歓迎です。どんどん質問して困らせてあげてください。
近畿の現代刀匠展常駐刀匠(予定)は以下の通りです
11月6日 桔梗隼光 澤井包安
11月7日 浜川貞純 月山貞伸
11月8日 田中貞豊
11月9日 高見国一 明珍宗裕
明日からはじまる「近畿の現代刀匠展」是非ともお越し下さいませ。近畿地方支部会員一同おまちしております。
追伸 急遽会場が生國魂神社内ですが参集殿2Fから社務所2Fに変更となりました。
お間違えの無き様よろしくお願い致します。
2014年10月21日
近畿の現代刀匠展間近
2014年09月12日
近畿の現代刀匠展
今年も秋に全日本刀匠会近畿地方支部では「近畿の現代刀匠展」として展覧会を行うことを決定致しました。
まだ概略ですが、ご報告させて頂きます。
日時:平成26年11月6日(木)〜11月9日(日)
開催時間:10時〜16時(最終日は15時まで)
場所:生國魂神社参集殿2F
大阪市天王寺区生玉町13−9
TEL:06−6771−0002
アクセス:大阪市営地下鉄谷町線「谷町九丁目」下車5分
刀匠会発行の書籍や近畿地方支部会員の製作した小物作品の販売を予定しております。
詳細が決まり次第再度告知させて頂きます。
同じ時期に大阪歴史博物館では「第9回お守り刀展覧会」も催される予定です。それにあわせてご観覧頂ければ幸いです。
まだ概略ですが、ご報告させて頂きます。
日時:平成26年11月6日(木)〜11月9日(日)
開催時間:10時〜16時(最終日は15時まで)
場所:生國魂神社参集殿2F
大阪市天王寺区生玉町13−9
TEL:06−6771−0002
アクセス:大阪市営地下鉄谷町線「谷町九丁目」下車5分
刀匠会発行の書籍や近畿地方支部会員の製作した小物作品の販売を予定しております。
詳細が決まり次第再度告知させて頂きます。
同じ時期に大阪歴史博物館では「第9回お守り刀展覧会」も催される予定です。それにあわせてご観覧頂ければ幸いです。
2014年09月11日
刀鍛冶の利き手
なにげなく刀鍛冶の作業風景を見ているとほとんどの刀鍛冶が右手で小槌を振っているのに気が付きませんか。それでは皆さん右利きは?まずそんな筈もありません。刀鍛冶においても一般の利き手比率と同じ割合の左利きの人がいます。ではなぜ皆さん右手で振っているのか、それは修行中に右に矯正されているからです。そして私し貞豊も左利きであり刀鍛冶の作業を右に矯正した一人であります。
修行中、刀鍛冶の作業を最初に覚える際どうしても左手で作業したい衝動に駆られながらぐっと我慢し、大槌、小槌を振るのから、炭切りの鉈、ヤスリ掛けなどを右手で行えるように矯正して行きました。やはり最初はただでさえ難しい鍛冶仕事をスムーズに行える訳もなく当時は作業を右手でこなせるようにと必死でやってましたが、今から思えば多くの時間をかけ、稚拙な仕事しか出来ない私に、多大なる迷惑と我慢を先生にしいてしまっていたのかと恐縮する次第です。
ではなぜ左を右に矯正するのか?それも至って簡単な理由であり作業場が左利き用に配置されていないので左手で行うには作業や行いづらかったり、もしくはできなかったりすることがあるからです。
最初に申しましたが刀鍛冶においても一般の利き手比率と同じ割合の左利きの人がいるのですが、ほとんどの刀鍛冶が作業を右に矯正していますので誰が左利きかがほぼ分からず、交流においてのおしゃべりでお互い左利きであることわかることが多くあり、共有できる修行中の苦労話などでぐっと親近感わいたりすることがあります。
ではまったく左で刀鍛冶の作業はしないのかということになりますとそれも各個人差があるのですが、私の場合は、刀身彫刻と銘切りは左利きがスムーズに行える持ち方、左手で豆槌を持ち右手で鏨を持って(右利きの人は逆)作業しております。刀身彫刻においてはどちらでも作業利便上同じような気がしますが、銘切りにおいては手暗にならず左利きが行い易い作業ほうが有利と私は感じております。
そうしたら両方の手で槌が振れたり、ヤスリ掛けができるのかと思われがちですが、私の場合は左手で槌が振れたりヤスリ掛けは出来ないのが残念でです。
左利きであるため幼き頃から右に矯正、矯正(お箸や書き物も右手に矯正)であり何一つ良いこともないような気もしましたが、今となっては自分で気が付かないだけで左利きでもいいことがあったのであろうと感じております。世の中自分の努力だけではなんともならないことが多々ある中、左を右に変えること、自分だけの努力で何とかなるのですから、大きな目で見ると、まぁたいしたことではないですね。
修行中、刀鍛冶の作業を最初に覚える際どうしても左手で作業したい衝動に駆られながらぐっと我慢し、大槌、小槌を振るのから、炭切りの鉈、ヤスリ掛けなどを右手で行えるように矯正して行きました。やはり最初はただでさえ難しい鍛冶仕事をスムーズに行える訳もなく当時は作業を右手でこなせるようにと必死でやってましたが、今から思えば多くの時間をかけ、稚拙な仕事しか出来ない私に、多大なる迷惑と我慢を先生にしいてしまっていたのかと恐縮する次第です。
ではなぜ左を右に矯正するのか?それも至って簡単な理由であり作業場が左利き用に配置されていないので左手で行うには作業や行いづらかったり、もしくはできなかったりすることがあるからです。
最初に申しましたが刀鍛冶においても一般の利き手比率と同じ割合の左利きの人がいるのですが、ほとんどの刀鍛冶が作業を右に矯正していますので誰が左利きかがほぼ分からず、交流においてのおしゃべりでお互い左利きであることわかることが多くあり、共有できる修行中の苦労話などでぐっと親近感わいたりすることがあります。
ではまったく左で刀鍛冶の作業はしないのかということになりますとそれも各個人差があるのですが、私の場合は、刀身彫刻と銘切りは左利きがスムーズに行える持ち方、左手で豆槌を持ち右手で鏨を持って(右利きの人は逆)作業しております。刀身彫刻においてはどちらでも作業利便上同じような気がしますが、銘切りにおいては手暗にならず左利きが行い易い作業ほうが有利と私は感じております。
そうしたら両方の手で槌が振れたり、ヤスリ掛けができるのかと思われがちですが、私の場合は左手で槌が振れたりヤスリ掛けは出来ないのが残念でです。
左利きであるため幼き頃から右に矯正、矯正(お箸や書き物も右手に矯正)であり何一つ良いこともないような気もしましたが、今となっては自分で気が付かないだけで左利きでもいいことがあったのであろうと感じております。世の中自分の努力だけではなんともならないことが多々ある中、左を右に変えること、自分だけの努力で何とかなるのですから、大きな目で見ると、まぁたいしたことではないですね。
2014年03月25日
2013年12月26日
生ぶ刃
新作刀の特徴として「生ぶ刃」というものが必ず存在します。
生まれたての刃とかいて「うぶは」または「うぶば」と読みます。
それでは生ぶ刃はどこに付いているのと申しますと、いえいえ付いておりません?実は日本刀の刃元から八〜十五cmの間を刃をピンと付かずに斬れない状態において置くのを生ぶ刃と言います。
刀、太刀は生ぶ刃の部分が長くなり、脇指、短刀の場合は相対的に刀、太刀よりも生ぶ刃の部分が短くなります。
なぜ刃区から八cm〜十五cmの間を刃を立てないのかは意味があり、もともと刃として斬るという行為を行うのは「物打ち」と呼ばれる切先から刃長全体の真ん中を結んだその中間ぐらいで斬り付けを行い、短刀は斬るというより突くを主流といているので元の刃を立てて刀身を減らすより、少しでも刀身の肉を持たして強度を保とうという考えであるといわれています。
生ぶ刃において新作刀だけではなく現代刀はもちろんのこと幕末の刀にも多く観られ、まれに江戸時代初期〜中期の刀にも観られるそうです。生ぶ刃は時代とともに磨耗、研磨を繰り返していくと無くなっていきます。それゆえ生ぶ刃残っているということは健全な形で現存している証となっています。即ち古い日本刀で生ぶ刃が残っていることは大変喜ばれます。
御所望頂いた施主様、そしてこれから御所望頂ける施主様、元に刃を立てないことは、不良品でも手抜きでもございません。何卒ご理解のうえ宜しくお願い申しあげます。
今年も皆様の支えにより、なんとか刀鍛冶として生かして頂きました。感謝の一言に尽きます。皆様におきましても良いお年をお迎え頂ければ幸いです。
生まれたての刃とかいて「うぶは」または「うぶば」と読みます。
それでは生ぶ刃はどこに付いているのと申しますと、いえいえ付いておりません?実は日本刀の刃元から八〜十五cmの間を刃をピンと付かずに斬れない状態において置くのを生ぶ刃と言います。
刀、太刀は生ぶ刃の部分が長くなり、脇指、短刀の場合は相対的に刀、太刀よりも生ぶ刃の部分が短くなります。
なぜ刃区から八cm〜十五cmの間を刃を立てないのかは意味があり、もともと刃として斬るという行為を行うのは「物打ち」と呼ばれる切先から刃長全体の真ん中を結んだその中間ぐらいで斬り付けを行い、短刀は斬るというより突くを主流といているので元の刃を立てて刀身を減らすより、少しでも刀身の肉を持たして強度を保とうという考えであるといわれています。
生ぶ刃において新作刀だけではなく現代刀はもちろんのこと幕末の刀にも多く観られ、まれに江戸時代初期〜中期の刀にも観られるそうです。生ぶ刃は時代とともに磨耗、研磨を繰り返していくと無くなっていきます。それゆえ生ぶ刃残っているということは健全な形で現存している証となっています。即ち古い日本刀で生ぶ刃が残っていることは大変喜ばれます。
御所望頂いた施主様、そしてこれから御所望頂ける施主様、元に刃を立てないことは、不良品でも手抜きでもございません。何卒ご理解のうえ宜しくお願い申しあげます。
今年も皆様の支えにより、なんとか刀鍛冶として生かして頂きました。感謝の一言に尽きます。皆様におきましても良いお年をお迎え頂ければ幸いです。

